ドラマ「ハンニバル」で使われる音楽についての考察めいたもの。
huluにてS2まで視聴済み。ネタバレあり。
作中で使われるBGMは大きく分けて二種類ある。
一つは博士の穏やかな心象を表すクラシック音楽。
使われるのは鍵盤楽器と室内楽がほとんど。
基本的に穏やかなメロディ。
まだ音楽で「不安」を表すことを知らなかった時代(≒いわゆる「古典主義」前半まで)の作品が目立つだろうか?
マーラーの緩徐楽章など情緒的なものもときどき使われた。
もう一つはウィルの乱れた心象を表したり、動きのあるシーンを盛り上げたりする曲。
特徴は、一般に旋律と呼ばれるものがほとんど存在しないこと。
音楽の三要素「リズム、メロディ、ハーモニー」のうち、メロディとハーモニーがはっきりと認識できない。
そしてリズムだけが妙に印象的である。
ウィルが共感能力を使うときに決まって心音が流れることと相まって、ウィル側の音楽はリズム特化型といえる。
これだけだとかなり原始的な印象だ。
しかしそこにしばしばグリッサンド音が加わってくる。
いちばんわかりやすいのはオープニングテーマ(あれをテーマと呼ぶならば)。
「ハンニバル」のドラマのために曲を書いた作曲家は、西洋音楽的平均律から逃れようとしているように見える。
小学生の頃から西洋の記譜法で音楽教育を受けているとピンとこない話かもしれないが、西洋音楽以外においては、音程は必ずしも固定化、数値化されるものではない。
日本の伝統的な音楽においてもそうだ。
だからこの楽曲は「ハンニバル」における東洋趣味の一環とみることもできそうだ。
和楽器のような音も使われているし。
また一方で、平均律とはすなわち西洋文化の秩序化の象徴でもある。
秩序から外れていくことはこの作品のテーマの一つであり、そういう意味ではとてもわかりやすい。
平均律では表せない、「ド」と「ド#」の間の音程、つまり秩序の外にあるものでなければ表せないものを、このドラマでは扱っているというメッセージなのだろう。
トロンボーン奏者が殺された事件が象徴的だ。
弦楽器はどんな中間音程も出すことができるが、管楽器の中でそれができるのはトロンボーンのみ。
そのトロンボーン奏者を使ってチェロを作りたいというのは弦楽器奏者ならではの発想で、作中で起こった事件の中でわたしにとって最も印象的なものだった。
■ ウィルの属性は心音+中間音程≒秩序の外→打楽器+弦楽器・トロンボーン側
■ レクター博士の属性はクラシック音楽≒秩序の中→チェンバロ奏者
という単純な二項対立ではもちろんなくて、博士はテルミン(中間音程を出せる)奏者でもある。
どちらの属性も完璧に兼ね備えているのが博士の魅力であると力説しておこう。