
連日ドラクエ6で遊ぶ日々。
現代のゲームと比べると、全体的にひとつのイベントが短くてサクサクな印象だ。でも世界は広くて訪れるポイントも多い。旅してる感が楽しい。
しかしところどころに現代ではありえない表現もあって、当時の倫理観……と思ったりもする。まあ裏を返せばこの数十年で、日本もだいぶ進歩したということだ。
いよいよ転職できるようになり、戦闘は少し楽になった。現在ホルストックでの王子の試練をクリアしたところ。アークボルトとかホルストックとかすっかり忘れていたのだけど、名前を聞くと思い出せるもんだなあ。
では本日は、中盤に差し掛かったところのプレイ日記。薄い記憶とはいえ2周目なので、終盤までのネタバレがあるかも。
初回記事はこちらから。

ムドーに社会人の余裕を見せつける
前回は夢の世界のムドーを倒したところまでだった。で、このように書いて記事を終えた。
現在のわたしはムドーの恐ろしさを知っているので、十分にレベリングをして装備を揃えてから挑もう。社会人の余裕をムドーに見せつけてやるぜ。
不思議系民話かと思ったら貴種流離譚だった「ドラゴンクエスト6」プレイ日記1 - なぜ面白いのか
この宣言どおり、わたしは上世界のムドー洞窟とゲントの村周辺で金を稼ぎまくった。で、この時点で揃えられる最強装備を買いそろえてムドーの城に乗り込んだ。この時点でトルッカで金のブレスレットを買うと、かなり守備力の底上げになるのだなあ。ライフコッドで精霊の鎧も買った。これはかなり後々までチャモロが着ていた記憶。
そういうわけで、ムドー戦の時点でレベルは16~21くらいだった。我々が鍛えすぎたのか、それともスマホ版でムドーがナーフされたのか、びっくりするほどあっさり倒すことができた。本当に社会人の余裕を見せつけてしまったぜ。SFC当時はあんなにギリギリの死闘だったのに。
スカラ系が永続効果になったっぽいのと、ムドーが全体攻撃を連発してこなかったのが大きかった。当時はもっとバンバン全体攻撃してきて、すぐにミレーユが死んでた気がする。
あまりにも猛ナーフがあったのなら、当時の絶望感とか、ムドーの力で封じられていたと思われるダーマ神殿の脅威の説得力が落ちてちょっともったいない気もする。が、クリアできなくて投げてしまうプレイヤーが出るのももったいないしなあ。そこまでガチ装備で固めなくてもどうにかなるくらいの難易度が適正なのかもね。
ちなみに例の考察ブログでバーバラ=黄金竜説を読んでいたので、ムドーの城に向かうときはドキドキしながら見守った。たしかに船であの島に着くなり「私は船に残る」と言いだすバーバラの言動はだいぶ不自然に見える。
当時は「パーティは4人までだから、新加入したチャモロに席を譲ったのかな?」としか思っていなかったけど、5人の仲間からどの4人を選んで連れていくかは、本来はプレイヤーが決めることだ。ハッサンはボディとの一体化イベントがあるから同行必須としても、ほかのメンバーはプレイヤーに委ねてよさそうなものなのに。
今のわたしは、「バーバラ=黄金竜」設定は製作側に実際に存在していて、それをあえて「バーバラ=黄金竜かもしれないし、そうでないかもしれない」という描写に抑えたのだろうと思っている。あえて全部を語らないことで、物語の外側を無限に解放するやつ。
全部を語ってもらってすっきりしたいよ~! の気持ちもあるのだが、でもドラクエシリーズって、この絶妙な加減のおかげで今も語り継がれてるところがあるというのもわかる。今はとにかく物語の外側をあれこれ想像してニヤニヤさせてもらおう。
夢と現実の世界
当時のわたしは、自分が最初にいた世界が夢の世界だと知って結構な衝撃を受けたものである。「幻の大地を見てきたのだと思っていたら自分たちの方が幻だったなんて、すごい構成だなあ!」と。今でこそそういう「裏返し」の構成の作品もいろいろ知っているけど、たぶん当時のわたしには初めての経験だった。
ちなみに前回の記事では、オープニングシークエンスでムドーに返り討ちにあったテオくんたちが石にならずに夢の世界にいる理由は覚えてないと書いた。
石になってなかったことはなかったんだな。体の方は現実世界で石になっていて、意識だけが夢の世界で生きていたわけだ。ハッサンの体だけはムドーの城に展示されていて、体と意識を同一化させることができた。これでせいけんづきが使えるようになるわけだ。
この流れだとテオくんとミレーユの体もどこかで石になっているはずだが、どこにあるのだか全然覚えてない。アムール川とムドー以外のすべてを忘れているかもしれない。ライフコッドが現実世界にもあったような気はするのだが、テオくんのボディはどうなってたんだっけ。
ただ、ドラクエ6を始めて最初にライフコッドで目覚めたときに強烈に思い出した作品がある。作品名をあげること自体猛烈なネタバレになるのでここでは避けるが、わたしが去年やった某ゲームにそっくりな構図があったなあと(リンク先ネタバレ注意)。
そっちのプレイ日記でも語ったことなのだが、6の主人公は、レイドック王子にとっての「夢」である。そこにはおそらく、ある種の理想が投影されている。お城で育った「王子様」ではなく、山奥の小さな村で育った素朴な青年という人物像は、レイドック王子にとって「なってみたかった理想像」だったはずだ。
(まだ王子様のボディと会っていない上に当時の記憶がないので断言できないのだけど、現実のハッサンが「大工の息子」だったのに対して夢のハッサンが「旅の武闘家」だったので、何かしらの理想像であることは間違いなさそう)
ムドーに勝てなかったレイドック王子は、夢の世界へと自分を切り分けて(切り分けるという行為に王子の意思は介在しなかったとは思うが)、その意識を手放した。すなわち「プレイヤー」という神の手にゆだねたわけだ。
プレイヤーは王子が王子であることを知らないまま彼を成長させ、冒険へと導き、仲間たちと引き合わせる。王子の経験しなかった様々な冒険が、彼の意識を強くする。そしていつか王子の意識が王子の体とひとつになるとき、彼の「理想」は彼の「現実」となる。
レイドック王子と主人公の関係は、そのままプレイヤーとゲームの主人公の関係になぞらえられる。プレイヤーにとってゲームの主人公は、ある種の理想を投影したものである。現実ではできないことを、ゲームの世界ではすることができる。仲間と協力して、強敵に打ち勝つ経験ができる。
そしてゲームをクリアしたとき、あるいはゲームの過程であったとしても、ゲームの主人公とプレイヤーは同一化できるはずなのだ。たくさんの冒険、見聞きした悲喜劇、彼らの選択や勇気は、プレイヤーがその後の人生を生きる糧となるはずだ。
ドラクエシリーズからもらった思い出を大切にして生きている大人は、世界中にたくさんいる。それは「夢の世界」がただの夢ではなく、どこかで現実と接しているから。どこかで主人公と自分がひとつになる部分があったから。
今のわたしは、この夢と現実の二層構造世界を見て、そして夢の世界を生きたハッサンがもとの体と同一化したのを見て、そんなふうに感じた。
というか去年の某ゲーム!! あの展開そのものに妙な既視感があったのはこれだったか!!! 思いっきりオマージュだったんだな!!! 設定とか本当にそのまんまだもの。元ネタがドラクエ6という誰でも知ってる作品だからこそ、堂々とオマージュしたってことか。わーー別の元ネタの方に気をとられて、こっちには気づかなかった。ちょっとあっちの感想記事にも追加してくるか。
3以降のドラクエ世界には昼と夜の世界があり、それぞれで人々の台詞が変わるのが恒例である。世界の二面性を描くようになった最初の作品であるドラクエ3は、終盤になるとまさに世界が二面あり、昼の世界と夜の世界が存在していたことが判明する(3はちゃんとやったことがないけどそういう話だということは知っている)(最近リメイク版も出たしやってみたい)。
しかし6世界には夜の世界がない。一部で夜のイベントは発生するものの、自動で時間が進行することはない。当時すでにドラクエ4と5をプレイしており、ドラクエ世界には昼と夜で違う台詞が用意されているのが当たり前だと思っていたわたしには、6には夜の世界がないのが不思議だった。
でもこれについては当時からなんとなく納得していた気がする。夢の世界こそが夜の世界なのだと。世界の二面性は、昼と夜の形ではなく、現実と夢の形で表現されているのだと。当時はこんなふうに言語化はできなかったけど。
なんかもう、当時考えていたことを懐かしく思い出すと同時に、当時と今とで受け取れる情報量がだいぶ違うので、そのギャップ自体がめちゃくちゃ面白い。わたしも無駄に年齢を重ねてきたわけではないのであるなあ。
ただ当時のわたしは、船やひょうたん島を手に入れたら、すぐにあらゆる場所を探索して、通せんぼする浅瀬にブチきれたりしていたものだが、今のわたしはゲーム内で示唆されたヒントに従って、次のイベントが発生する場所にサクサク進もうとする傾向がある。そもそも2周目だからということもあるのだけど、知らない場所を手探りで探索するよりも、効率よく進めたい欲が勝っている気がする。そういうときはつまらん大人になったもんだと自分にがっかりする。
良くも悪くも、「あの頃」遊んだゲームを再び手に取るってこういうことだよな……。
レイドック王のセクハラ
ムドーを倒して世界はいったん平和になったかに見える。夢の世界のレイドック王は、現実世界のレイドック王妃からレイドック王へと中身が変わった。
で、中身がおじさんになったレイドック王が何をしてるかって、侍女へのセクハラなわけ。お尻触ってる。最悪だ。仮にも主人公の父親なのに。しかもそのことを、侍女もミレーユも「おちゃめなところがある」みたいなユーモアとして扱っている。こっちの方がさらに最悪だ。
明らかに立場が上の人間から下の人間に対するハラスメントが行われているのを、ユーモアとして描く醜悪さ。この世界の文明レベルを考えれば、倫理観や人権意識がその程度なのは仕方がないともいえる(そもそも啓蒙主義時代以前の文明レベルなので、人権概念自体が存在しないはず)。
しかしその場面をユーモアとして描くのは、1995年の日本の文明レベルをそのまま表していることになる。きつい。当時の女性は、立場を利用したハラスメントに対して、冗談や面白がるような反応で身を守るしかなかったのだということが伝わってくる(たぶん今でもそうしなければならない立場にある人はいるのではないか)。
それを当時は、「これは面白がってもいい描写ですよ」という形で子どもに見せていたわけだ。最悪すぎる。さすがに当時の子どもがその価値観のまま大きくなったケースはそこまで多くないはずだが、いや、どうかな……。
とにかく、当時に比べれば現代社会ははるかにマシである。そして同時に、今から30年後に生きる人々が「30年前の作品の倫理観は最悪。今はだいぶマシになっていてよかった」と言えるような社会になってほしいとも思う。そうなっているかどうかは、今を生きる我々次第だ。
ダーマ神殿復活とその後の冒険
さて現実世界のムドーを倒したことで、ようやく夢の世界のダーマ神殿が復活した。いよいよ転職である。まずは手堅く、テオくんはレンジャー、ハッサンはバトルマスター、ミレーユはスーパースター、チャモロは賢者を目指して進めていく予定。
SFC版当時はハッサンを賢者、バーバラをバトルマスターに育てるというあまのじゃくプレイというかほぼ縛りプレイに近いことをやって、無駄に苦労した思い出がある。でも当時も主人公はレンジャーでミレーユはスーパースターだったような。スーパースターってハッスルダンスを覚えてヒーラーをやれるやつだよね? かなり終盤までハッスルハッスル言ってた気がする。
ダーマの神殿解放後のことは驚くほど記憶がない。船であちこちさまよいまくったのは覚えている。
まずはモンストルでアモスが仲間になった。夜になるとモンスターに変身してしまう人がいたのは覚えていたが、アモスが仲間になったことを覚えていなかったので驚いた。当時も仲間にしたっけ? それとも理性のタネを持ってくる前にいなくなった? いなくなったような気がする。たぶん正直に話しちゃったんだな。
それからアークボルトに行き、トンネル開通のための魔物退治。テリーと遭遇する。

テリーとモンスターの戦闘シーンは、縦長画面が映えた。雷鳴の剣はテリーが持っていっちゃったんだな。
アークボルトの兵団長であるブラストさんが強すぎんか、とは、ドラクエ6をプレイした誰もが感じるところであろう。ムドーより強くない?? もうお前が勇者になればいいんじゃない?? そしてそんなブラストさんを片手で捻り潰した(そこまでは言ってない)とかいうテリーはどんだけ強いんだよ。もうお前が勇者になって世界を救ってくれよ。でもテリーって仲間になると弱体化するキャラの代名詞みたいなやつだったからな……。
さてトンネルが開通したら、階段をのぼって夢の世界へ。カルカドという砂漠の町では「しあわせの国」事件を解決。ジャミラスを倒してひょうたん島を手に入れた。ひょうたん島って誰の夢なんだろうな。古い人形劇が好きな高齢者とかかな。
ジャミラスはムドーと同格の魔王だと思うのだが、当時も今もムドーほど苦戦はしなかった。たぶんブラストさんの方が苦戦した。長いダンジョンを踏破した先で出会うわけでもないし、あまりインパクトのないボスである。ムドーの名前はめちゃくちゃ覚えていたわたしも、ジャミラスの名前は「そんなやつもいたっけな」くらいだった。
でもジャミラスは最期に、さらなる上位存在を示唆していく。これが今後の物語を動かしていくきっかけになるんだな。
「しあわせの国」事件は、現実世界では「眠り病」「眠ったまま急死する奇病」として認識されていたやつだったのだろう。グランマーズにその奇病の話を聞いたときは、例によって「そんな話あったっけ?」と思ってしまったが、事件を解決してみるとそういうことか~! と理解した。
夢の世界にもかかわらずカルカドが不幸な町だったのは、ジャミラスの影響だったのかな。「しあわせの国」に人を呼び込むための舞台装置として、ジャミラスもしくはその上位存在がこの町を不幸に導いた説も考えられる。
で、次がホルストック。ホルス王子のことはなんとなく覚えていた。うざいんだ、あいつ。こっちが必死で戦闘してる間にチョロチョロ逃げやがって。ホルスがどこに隠れているかを自分が全部覚えていたのは、我ながら驚いた。
最後の滝行だけは自力で完遂したし、一応の成長は見せたってことでいいのかな。でもあの国の王の試練は厳しすぎないか。現国王があの試練をひとりでクリアしたのなら、もうお前が勇者になって魔王を倒してくれよと言いたいところである(またか)。
で、現在そのつよつよ疑惑のある王様から魔法の鍵をもらったところ。これから魔法の鍵で開けられる扉を探しにいくか。でも最後の鍵の扉はこれまでにいくつかあったけど、魔法の鍵の扉はそんなに見てない気がする。
そういえば魔法の鍵を開けて出たところでスライムナイトのピエールが仲間になった。これはびっくり。リメイク版の6ではモンスターを仲間にできないという話だけど、こんな感じでイベントで加入するのか。職業も設定できるのかな。
このゲームは上下世界を交互に行き来しながら攻略するようにできているわけだけど、それがすごく面白い。現実と夢の相互干渉も面白いし、単なるマップ攻略という意味でも、2つのマップで交互にアンロックされる要素が現れるのが楽しい。
この先の展開も全然覚えてないので(地名を聞いたら思い出すか……?)、ウキウキで楽しんでこよう。
