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そして天空シリーズへ「ドラゴンクエスト6」クリア後感想

この演出好きだった

ドラクエ6、ついにクリア!! 懐かしくも楽しい時間だった。

SFC版当時も苦戦したラスボスは、やはり今回も苦戦した。当時は念入りに準備して、たしかレベルが40をだいぶ超えてからのラスボスだったが、今回は40未満での挑戦だった。そうしたら第三形態に蹂躙されてあえなく全滅。一度戻って作戦を練り直し、何人か転職してバフを覚えさせてから再挑戦し、ようやく勝つことができた。やはり6のボスは全体的に強かった。

当時はたどり着くことのなかったクリア後の隠しダンジョンも、前半だけ覗いてみた。リメイク版から条件緩和があったらしい。

そういうわけで、今日は裏ボスまでのネタバレ感想!

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この世界にチャックがあったのかよ

 

 

カルベローナ復活

前回はテオくんが現実のボディとひとつになり、記憶が部分的に戻ったところまで見た。グラコスとの戦いを控えて、ハッスルダンスを覚えるべく熟練度上げをしていたところだったようだ。

グラコスはまあまあ強かったものの、毎ターンハッスルダンスを使っていればある程度余裕があった。6はゲントの杖からハッスルダンスへのスイッチがスムーズであるほど後半が楽になるゲームである。ホイミ系は移動中にしか使わない。

グラコスを倒すと、カルベローナが復活する。バーバラの故郷である。

カルベローナは現実世界には存在しない。現実では50年以上前に滅ぼされているらしい。カルベローナでは「魔法をあやつる者はたましいだけの存在となって生きることができる」という話を聞くことができる。要は夢の世界だけで存在し続けていたということだろう。ところが、グラコスによって夢の世界のカルベローナも封じられてしまった。

バーバラは夢の世界で誕生した、魂だけの存在ということになる。だから現実世界にボディを持たない。バーバラの魂が封じられずに、記憶だけなくして彷徨っていたのはどういうわけだったんだろうな。バーバラがマダンテを習得しても、記憶は戻らないし。

肉体、記憶、魂の関係はほかのゲームでもしばしばテーマになるが、ドラクエ6では記憶の扱いが割と曖昧だ。作り手としては、プレイヤーの想像に委ねたい部分だったのかもしれない。あるいは、設定の詳細を語りすぎないための工夫だったのかもしれない。

記憶をなくすというのは過去をなくすのに近い。テオくんやバーバラについては、プレイヤーに見えている部分が「すべて」という理解でいいですよ、ということでもあるのかもしれない。

ちなみにデスタムーアカルベローナを封じたのはマダンテを恐れたからだという話だったが、実際にデスタムーアの第三形態にはマダンテがめちゃくちゃ有用らしい。ほかの呪文には強耐性があるが、マダンテはある程度通るという。しかも全体攻撃だから、デスタムーアの本体・右手・左手すべてに大ダメージが入る。

ゲームシステムとストーリーがちゃんとかみあっているのはとても好きだ。わたしもこの話を知っていたので、デスタムーア戦でバーバラを出してマダンテしてみた。ダメージはそこそこ入ったのだが、バーバラには種ドーピング等はしていなかったのもあり、そのターンですぐに死んでしまった。そのまま棺桶を馬車に押し込んで交代し、エンディングという流れ。まことに申し訳ない。

 

ちなみに大魔女バーバレラが、人間になりたいという願いをかなえた(ホイミンのように)ドラゴンである説がとても好きだ。ルビスがバーバレラを人間にするかわりに、笛が吹かれたら本来の姿に戻って勇者をムドーの城に連れていきなさいという契約を結んだ、みたいな話。だからカルベローナの長は人間との結婚によって血が薄まることなく、女神像から100年に一度生まれてくるという設定なのではないかっていう。

だとしたら、デスタムーアカルベローナを滅ぼそうとした理由には、勇者の交通手段を潰すという意味もあったのかもしれない。ペガサスも封じていたわけだし。

 

グレイス城滅亡とダークドレアム

グレイス城のイベントはキツかったな……。

先に滅んだ城を見てから、悪魔召喚の過去を見せられ、さらにその過去では失敗フラグが乱立しまくり。案の定、予定調和のように悪魔召喚は失敗する。いや召喚自体は成功だったが、召喚された悪魔に城は滅ぼされた。そらそうよ

カルベローナの民は町が滅ぼされても魂だけの存在となって生き続けたというが、この城の人々の魂は滅びの無限ループに入っているらしい。夢の世界のグレイス城も完全に滅んでいる。悪魔を呼び出したことで「神の怒り」を買ってそうなったそうだが、その「神」ってどの神だろう? ルビス? ゼニス? それとも悪魔ご本人の力?

たしかに悪魔の力を借りようとしたのはよくなかった。しかし当時のグレイス王は、ダーマ神殿カルベローナマウントスノーが滅んだことを聞き、伝説の鎧を保持する自国も狙われるのではないかと危機感を募らせていたはず。自国を守るために強硬手段に出たのもわからなくはない。無限ループがルビスやゼニスのしたことなら、罰が重すぎない? という気もする。やっぱりこれって悪魔の仕業なのでは……。

そしてここで召喚された悪魔というのが、実は裏ボスのダークドレアムだったんだな。

わたしはダークドレアムと戦ったのはドラクエ9だけで、6ではまだ戦ったことがない。ダークドレアムデスタムーアを一方的に倒せるという話だけ知っている。

デスタムーアの上位存在であるダークドレアムの力を借りるというグレイス王の狙い自体は、あながち間違いではなかったんだよな。そんな上位存在が自分の言うことを聞いてくれると見込んだ理由はまったくわからないが。

 

はざまの世界へ

すべての伝説の装備を入手し、デュランを倒しテリーとドランゴを仲間にし、ゼニス城を復活させ、ペガサスをゲットして、舞台はいよいよはざまの世界へ。

前回プレイ時のわたしは、ドランゴの有用性も知らないままクリアしちゃったんだよな。たしか仲間にはしたものの、ずっと馬車かルイーダの酒場だった。加入時のレベルが低いのだけを見て、ステータスを見なかったのかな。

今回はドランゴをがっつり使ってみたところ、めちゃくちゃ強かった。職業ドラゴンというのも強いな!(職業ドラゴンも前回は使ったことがなかった)かがやくいきでザコが溶ける溶ける(実際は凍っている)。デスタムーア第三形態でも大活躍だった。おいかぜではねかえされてもHPが多いから気にしない!

さてペガサスに乗って訪れたはざまの世界。天空シリーズにはラーミア的な鳥は出ないのだったか。

はざまの世界にあるのは絶望の町、欲望の町、牢獄の町である。どの町も精神的にきつい。デスタムーアの悪趣味っぷりがよくわかる。現実世界でいろいろな形で闇堕ちした人たちがここに連れてこられるらしい。その闇堕ち自体も、デスタムーア側がいろいろ細工している部分もあるのだろうからいやらしい。

欲望の町で、人間がデスタムーアに従って人々の欲望をたきつけていた描写がいちばんえぐかったかなあ。そういう人も実際にいるだろうなという生々しさがあって。

牢獄の町でソルディ兵士長と再会できたのは嬉しかったな。最終的に彼だけでもレイドック城に戻れてよかった。

 

デスタムーア

デスタムーアは、ドラクエシリーズの中でも慎重派な方のラスボスだと思われる。自分は表舞台に出ることなく、世界をひとつつくってそこに引きこもっているわけで。

現実世界に出てくることはなく、表向きの「魔王役」はムドーたちに任せていた。危険因子はせっせと取り除き、さらに危険因子が人々の夢だの魂だのという形で残っていることを察知すると、夢の世界を具現化した上で彼らを封じる徹底ぶり。世界を具現化するのにどれくらいのエネルギーを使うのかは不明だが、だいぶ頑張っていたのは間違いないだろう。

しかし結果的に、夢の世界を具現化してしまったせいでテオくんたちは見聞を広げ、力をつけ、いい装備も揃えて、デスタムーアに対抗できるほどまでになった。これが策士策に溺れるというやつか。

 

「夢の世界」というキーワードを聞いて真っ先に思いつくのは、「夢はかなう」とか「夢は現実にできる」というありふれた、悪い言い方をすれば陳腐なメッセージである。これはSFC版当時から思っていたのだけど、ドラクエ6ってそのメッセージが露骨でないところがとてもスマートだし、面白い。当時はそんなふうには言語化できなかったけど。

露骨ではない、けれどたしかに「夢は現実にできる」というメッセージは根底に流れている。

夢の世界でムドーを倒すことができた。その「夢」は、やがて現実世界でも再現される。先に夢があって、それから現実になる。

王子として育ち、王子としての思考の枠組みに囚われていた青年がいた。彼はもっと自由に生きたいという夢をみた。その彼はさまざまな経験の後に(わたしのデータ上では盗賊だの商人だのを経験した)勇者となった。「王子」の体を取り戻した後も、自由な旅人であり勇者であるという精神はきっと変わるまい。

未来には希望が詰まっているという夢があった。その夢はタマゴの形をとり、やがてそのタマゴが孵る。その夢は城を天空へと浮かせ、世界を見守り続けることになる。

もともと人々は夢をみるものだった。その夢の世界を具現化したのがデスタムーアだった。夢とは個別にみるものなので、「夢の世界」というのも本来は個別に存在しているはずだというのがわたしのイメージだ。それをひとつの世界として作りあげたのは、デスタムーアなのだろうか? それとももともと「夢の世界」というのが存在して(ゼニス王が統治していて)、それを「見える」「触れられる」世界に作り替えたのがデスタムーアということだろうか。

わたしとしては、夢の世界はいわゆる集合的無意識に近いもので、ペルソナ5でいうところのメメントスみたいなものかなと解釈している。もっとドロドロの世界でもおかしくないところだが、そういう部分は全部はざまの世界に任されていて、「上の世界」は基本的には「夢のある」素敵な世界だった。そこがドラクエ的世界観だよな、と思ったりする。

デスタムーアは「上の世界」をはざまの世界のようなドロドロの世界にすることはできなかったのだろうか。あの「上の世界」はデスタムーアが意図した形になっていたのか。ドロドロにしようとしたけど、集合的無意識が意外とキレイだったからそうならなかったのか。やはり本来はゼニス王が治めるキレイな世界だったのか。

意外とキレイだったから、ムドーやジャミラスを使って干渉しようとしていたのかも。「夢の世界」をいくらでも自由にできるなら、しあわせの国なんてでっちあげなくてもいくらでもすさんだ世界にできるもんな。

「上の世界」は基本的には集合的無意識だけど、たまに個人の強い感情が干渉してみんなで悪夢をみることもある。アモール川が赤くなるとか。

それに対してはざまの世界は、ベースからデスタムーアが構築したもの。だから「世界観」もデスタムーアの望むまま。かなりの部分がデスタムーアの思い通りになる。たぶんはざまの世界の住人は、「夢をみる」ことが許されないのではないか。だからはざまの世界に飛ばされた人たちは、夢の世界からも消えてしまう。

「夢をみる」ことができないということが、すなわち「絶望」と言い換えられる。「夢をみる」自由すら奪われた状態を比喩的に表現すれば「牢獄」になるだろうし、他人の「夢」を食い物にする態度こそが「欲望」である。デスタムーアの描いた世界観はそんな感じだ。

デスタムーアは人々の夢の力に脅威を感じ、だからこそそれを具現化した上で封印し、夢の世界に干渉する担当者(ジャミラス)まで配置した。だけどやっぱりこの具現化自体が悪手だったよな。身も蓋もないことを言うけど。夢の世界を具現化しなければ、テオくんはムドーに敗れたあと、個人で夢をみることはあっても、その世界で人々の夢を渡り歩き、成長し、夢の世界を復元するなんて冒険はできなかったのではないか。

結局この物語は、平和を希求する人々の夢はかなうんだよ、というエンディングを迎える。そこまで含めて精霊ルビスの計画どおり、だったら面白いな。

 

ゼニス城と天空城

この物語はやがてドラクエ4と5に続く天空シリーズの始まりを描いたものである。天空城はどうやって誕生したのか。マスタードラゴンはどうやって生まれたのか。それが描かれたのが6だった。

ゼニスの城は、夢の世界を束ねる機能を持っていた。この「束ねる」という表現から察するに、本来個別に存在するべき夢の世界をひとつの形に保たせていたのは、やはりゼニスの力だったのかもしれない。デスタムーアではなくて。

このゼニスという存在自体が、人々の集合的無意識から生まれたもののようだ。ネコはなんとなくバスになると「みんな」が思っているように、この世界の人々は、夢を束ねる王様がどこかのお城にいるのだとなんとなく思っている、みたいな。それはひょっとしたら古い物語に書かれているのかもしれないし、そんな伝承が生まれるような元ネタをルビスが提供していたのかもしれない。だからゼニス本人は「だれか」の夢ではなく「みんな」の夢から生まれたものということになる。

ドラクエ11の中に「ゼニス」イメージの元ネタがあったかもしれないが、すっかり忘れてしまった。11をやるときにプレイ日記を書いていなかったのが惜しまれる。いずれもう一度やりたいものである)

ただ、本来のゼニスとゼニス城はあくまで夢の世界にのみ存在するものだった。

それが、エンディングで空を飛び始める。現実世界の人の目には見えなくなるはずだが、この城が後の天空城となる。つまり現実世界に直接干渉する力を持つ形で、存在が強化されたことにならないだろうか。

人々の夢の中でゼニス王が生まれる

デスタムーアによって夢の世界が具現化される

→夢を束ねる存在がデスタムーアに危険視され、デュランによって封じられる

→テオくんたちがデュランを倒したことでゼニス王と城の機能が復活する

デスタムーアが倒され、はざまの世界が消滅する

→欠けていた夢がもとに戻り、夢の世界が強化される

→平和な世界になり、人々がより明るい夢をみられるようになり、夢の世界がさらに強化される

デスタムーアが倒されたことにより夢の世界は再び実体を失うが、ゼニス城だけは現実世界の空に残る?(人々の目には見えないだけ)

→それから何百年もたち、ゼニス城は天空城として現実世界に実体を持つようになる

みたいな流れ。

人々の集合的な夢がゼニス城を形成しているのなら、人々が「空に浮かぶ超越的な存在」を共通してイメージすればするほど、ゼニス城の存在は強固になるはず。これ、テオくんたちがデスタムーア討伐後にいろいろな人に冒険の詳細を語ったことが原因なんじゃないかなあ。

多くの人にゼニス城の情報が共有され、「見えないけれどたしかにそこにあるもの」としてイメージされたことにより、ゼニス城はその夢を束ねてさらに力をつけた。それから何百年もたち、「天空城」のイメージが人々の意識の中で衰えることなく、むしろ増幅されたことによって、城がついに実体化したのでは。

テオくんたちの冒険譚は、レイドックを中心にたくさんの人に語り継がれ、書き残され、伝説として残ったはず。ゼニス城のエピソードはその中でもハイライトだ。中にはめちゃくちゃ誇張したエピソードとして残した人もいたかもしれない。ゼニス=ドラゴンだったという伝承が残ったりしたかもしれない。「未来のタマゴ」から生まれてきたのは偉大なドラゴンだったのだという伝承も残ったかもしれない。

ゼニス城に生きる夢の住人たちもそんな伝承に影響を受け、実体化からさらに時間がたち、やがて「天空人」というアイデンティティを得たのかもしれない。

だいぶ妄想乙ではあるが、今のわたしはそんな想像をしている。

 

テオくんの結末

ドラクエ6の世界は、デスタムーアが倒されたことで平和を取り戻す。ゼニス城は機能を取り戻し、夢の世界の平和も保たれそうだ。

しかし主人公であるテオくん個人の結末は、ビターエンドと言ってもいいかもしれない。

今の彼の意識にとっての「故郷」であり、「帰りたい場所」は夢の世界のライフコッドではないだろうか。彼が一緒に暮らしたいのは、「妹」であるところのターニアではないのか。

デスコッドでの端的な指摘

しかし夢の世界のライフコッドは、彼の目には見えなくなってしまう。

現実世界のライフコッドでは、テオくんは「レイドック王子」として距離を置かれてしまう。エンディングでもターニアが「お兄ちゃん」と呼んでくれることだけが唯一の救いである。

また一緒に冒険してきたバーバラも、見えなくなってしまう。夢の世界は存続するのだから存在が消えるわけではないが、テオくんの目には見えない。

テオくんはレイドックに戻り、今後は王子として生きていくことになる。いずれは王になるのだろう。

夢はきっとかなうが、しかしいつまでも夢の世界にいるわけにはいかない。夢はいずれ醒めるものである。

ここでもまた、ゲームの世界と現実の世界との関係を思わせてくれる。

ゲームの世界で得た友情や勇気や想像力はプレイヤーに力を与えてくれるけど、プレイヤーはゲームの世界だけで生きるわけにはいかない。あくまで現実世界で生きていくしかない。

テオくんもわたしも、これからはそれぞれの「現実」を生きていく。この世界での冒険を楽しんだプレイヤーにとって、それがビターに感じられるのは仕方ない。

でも「夢と現実」をテーマにした作品ならば、「現実に帰る」という結末は必然でもある。古典を紐解けば「夢から醒めない」物語もあるが、それは現実世界側から見れば、基本的にはバッドエンド扱いだ。

だから、これを「行きて帰りし物語」にできたという意味では、ハッピーエンドと受け入れてもいいだろう。

 

わたしの中ではテオくんが最も大切に思っているのはターニアだが、バーバラが本命となった世界線の主人公はさらに悲劇的な可能性もある。王子だから別の女性と結婚して子どもを残さないといけないだろうし。

ゼニス城の「未来のタマゴ」は、バーバラ(夢の世界の住人であり魂だけの存在かつドラゴン属性)と主人公(現実世界に生きる人間)との「異種婚」のメタファーであろうとは思っているが、それはそれとして、作中で起こったことのみを見れば、バーバラと主人公の間には何事も起こっていないわけで。主人公からバーバラが見えず、触れることもできない以上、今後も何も起こり得ないわけで。

ミレーユが夢占い師となったことで、テオくんもバーバラの様子をある程度知ることはできるだろうというところに多少の救いはある。バーバラが今も自分たちを見守ってくれていると、テオくんがわかっているだろうところにも。

あとミレーユが夢占い師になったなら、夢の世界のライフコッドの様子も見ることができるのか。でも、そこに自分がいないのを見てかえってつらいかもしれない。

きっとハッサンは今後もちょくちょくテオくんに会いに来てくれるだろう。大工として一人前になり、コネ受注レイドック城の補修を請け負ったりするに違いない。腕はよさそうだし、コネ受注でも文句は出るまい。

ほかの仲間たちとも定期的に同窓会などはできそうだ。テリーが顔を出すかはミレーユ次第かもしれないが。

 

デスコッドで未来の世界を垣間見たテオくんなら、その未来を意識した統治ができたりするのかもしれない。その未来にたどり着くような「今」を作ろうと努めるのかもしれない。

デスコッドといえば、未来を見せてくれる女性の台詞が意味深だ。上に貼った「あの村でずっと暮らしていたいというあなたの夢」がこの村であるという台詞の後、この夢は「あえていうならもう1人のあなたの夢のようね」「あなた自身には本当に見たい夢なんてないのかしら?」と言われる。

この台詞はどう解釈すべきだろうか。

「もう1人のあなた」とは、現実世界に残されたテオくんボディのことか。たしかに彼ははっきりとライフコッドでの生活やターニアに執着をみせていた。彼ならば現実世界のライフコッドでずっと暮らしていたいと思うだろう。デスコッドは現実世界の方のライフコッドを投影している(酒場の壁の落書きが「テオのよわむし」になっていた)。

わたしがずっと追ってきたテオくんであれば夢の世界のライフコッドを夢見るだろうから、やはり「もう1人のあなた」とはボディの方だろう。

では「あなた自身には本当に見たい夢なんてない」とはどういう意味か。

今のテオくんは現状に満足していて、「ここ以外のどこか」を夢見ることなんてないのかもしれない。夢の世界のライフコッドについても「あれは夢の世界であって、自分が帰属すべき場所ではない」と強固な意志で割り切ろうとしているのかもしれない。達成したいことは夢見るだけではなく、実現しなければならないという勇者マインドを身につけたのかもしれない。

いずれにしても、夢と現実の世界を行き来してきたテオくん自身が「本当に見たい夢なんてない」と言われてしまうのは、結構な衝撃だ。でもそんな彼だからこそ、夢は夢の世界に返す(現実世界と切り離す)結末を迎えられたのかもしれない。

この台詞をふまえると、今のテオくん自身はエンディングに不満はないのかもしれないとも思える。

仲間がいて、両親の待つ家があって、世界が平和になるのならそれでいいのかもしれない。夢の世界での記憶も大切に持ち続けながら、しかしそれはあくまで「夢」と割り切って、現実を生きていく力が彼にはあるのだろう。

そんなふうに自分を納得させて、今回の感想はこれにておしまい。

 

11もやりなおしたくなってしまったなー! でもこの前のセールで7のスマホ版を買ってしまったんだよな。その後、7のリメイク情報を知ってびっくりした。7ってボリュームがすごかったよね。そしてとてつもない鬱ストーリーばかりが記憶にある。

7も移動中などにやってみようとは思っているが、ひとまず次にやるゲームはもう決めている。Expedition 33である。古典作品から一気に最新作へというわけだ。すごく評価が高い作品だし、楽しみ!

 

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