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Life Is Strange エピソード4を振り返って暴れる

現在、Life Is Strange の前日譚である Before the Storm をプレイ中。エピソード1をクリアしたところ。

思った以上につらい展開で、これを最後までできるのかわからない。リマスター版を買ったときは「前日譚もセットでついてくるなんてラッキー!」くらいのつもりだったのに、今では「こんな商品をセット売りするなどという非情な行いが合法な世の中は間違っている」と心底思っている。

ともかく今日は Life Is Strange の方のエピソード4を振り返って感想を書く回だ。

エンディングまで見た上で書くので、全体をネタバレしている。

あとデイビッド推しの人は読まない方がいいかもしれない

初回記事はこちらから。

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IF世界のマックスの日記
ボルテックス=渦が描かれている


エピソード4:暗室

例によって、先にリザルト画面を貼る。

クロエの頼みを聞いた人が多いことに驚いてしまった。わたしは無理だったな……。でも物語としては、頼みを聞いた方が納得感の高い流れになるのはわかる。マックスの手でクロエを死なせてしまうという悲劇を経験してこそ、世界線をもとに戻すという選択に説得力が生まれる。

それでも、わたしはマックスにそんなことをさせたくなかった。世界線を戻したとしても、マックスの記憶や経験が消えるわけじゃない。完全に「なかったこと」にはならないのだから。

ネイサンを殴るウォーレンを止めたのは、この件でウォーレンが警察沙汰になったりするのはもったいないと思ったから。別にネイサンが心配だったわけじゃないんだからね!(真実)

フランクとの交渉はひどい出来であった。何度やりなおしたことか。ていうかフランクを殺す展開なんてあったんだ!?

ここまでビクトリアにはまあまあいい顔をしておいたので、彼女は警告を一応受け入れてくれた。まったく何の意味もなかった上に、結局殺されてしまったが。まあその世界線もやりなおしちゃったわけだけど。

エンディング後、マックスはビクトリアとどういう関係になるんだろうな。今のマックスなら、ビクトリアに対しても言いたいことはびしっと言えそうではある。彼女のコンプレックスや、本当は自撮りが好きなところとかも知っている。個人的には、積極的に仲良くなりたいタイプではないが……。

青い鳥についての考察は前に書いたので、ここでは割愛。卵は写真だけ撮らせてもらって、ちゃんと隠しておいた。

わたしはロッカーを物理的に破壊してファイルを手に入れたんだけど、スマートに暗証番号を発見するルートもあったんだな。デイビッドは険悪になった上にロッカーまで破壊したマックスを、よく助けにきてくれたもんだよ。

 

 

過去改変した世界線

エピソード3最終盤の過去改変パートで、この物語の進む方向と着地点が決定づけられた。世界は、クロエを殺そうとしている

クロエが列車に何度も轢かれるシーンくらいまでは、「世界がクロエを殺そうとしてるんだけどwww」と半分冗談で友に語っていたのだ。しかし改変された世界線でもやはりこうなるということは、もうクロエを死なせる形でしか物語を閉じられないだろうと悟るしかなかった。つらい。

前回も書いたように、この世界線でもクジラは死んでいる。つまりクロエが生きている限り、アルカディア・ベイは滅ぶ。

鳥も

だからこそ、わたしはクロエ生存エンドには先がないと思ってしまう。

クロエは生きている限り、どんな世界線だろうが世界に殺され続ける。クロエの生存を選んだマックスは、そのたびに時間を戻して彼女を救うだろう。結果として、行く先々で町が滅ぶことになる。マックスの体にも負担がかかり続ける。

過去改変されたときのクロエの言動を見ていれば、そんな経験をし続けたクロエはどこかで自分の生をあきらめるだろうと予想がつく。どこかでマックスに「もういい」と言うだろう。エピソード4での彼女のように、マックスに「殺して」と頼むかもしれない。それでもマックスが頷かなければ、動ける状態のクロエなら自ら死を選ぶだろう。

この台詞がまさにクロエ生存エンドを表している

だから、クロエ生存エンドは問題の先送りでしかない。ふたりにとってはその先送りにこそ意味があるのだという感情は非常によくわかるのだけど。

ちなみにこの世界線のクロエは、レイチェルのことを知らない。クロエとレイチェルが友達になるのは、ウィリアムが亡くなり、デイビッドが自宅に出入りするようになって、家が「安らげる場所」ではなくなってしまった状態のときに限られるわけだ。

鹿のスノードームは健在。やはり鹿はマックスとクロエを結ぶ守護動物だと思われる。

この世界線のクロエは顔文字を使うんだよ……。ここでウッと泣いちゃった。本来の世界線のクロエは、「昔の自分的なもの」を否定する言動をしてるってことじゃん。つらすぎる。

 

 

デイビッドの手紙に切れ散らかす

もとの世界線に帰ってきたマックスは、クロエとともに学校の闇の調査を続けることになる。

そこで出てきたデイビッドの手紙(書きかけで丸められていた)に、またしてもブチ切れですわ。なんやねんこいつは。「君やクロエを傷つけることは絶対にしない」とか笑わせよるわお前が家に存在していることで、毎秒クロエを傷つけてるってちったあ自覚しろや。

クロエには、父親の死から立ち直る時間がまだ必要だった。クロエが求めていたのは、ジョイスとともにウィリアムを悼む時間だった。大人(ジョイス)が必要とする時間と子どもが必要とする時間が違うことくらいわかるだろ。

そこにデイビッドが入り込んできたら、クロエはもうウィリアムを正面から悼むことができなくなるし、ジョイスとその感情を共有することもできなくなる。クロエから見れば、ジョイスにとってウィリアムがもう「不要」な存在になったのだと感じてしまっても無理はない。

自宅には気を許した覚えのない「異性」が入り込み、安心できる場所ではなくなり、自宅において自分が「異物」になってしまう。こんな環境で落ち着いて勉強ができるわけがねーだろ!!!!!!!

ジョイスも一生孤独に生きろとは言わないけど、クロエがデイビッドに心を許す様子がないうちは家に入れないようにすればよかったのに。せめてクロエが学校を卒業して家を出るまで結婚は待てばよかったのに(順当にいけばクロエは「どんな大学でも入れる」ような成績だったわけで)。数年が待てないような年齢ではないだろうに。

この家の大人たちがよってたかってクロエの人生を台無しにしていることにわたしは切れ散らかしているのだが、マックスが彼らのことを「根はいい人」と評価しているのが盛大な違和感だった。この点においては、マックスの倫理観と相いれない。人間は根じゃなくて幹で評価されるものだ。たとえ善意からくるものであっても、暴力が許容されないように。

まあわたしはこのゲームを完全に「大人目線」でやっており、「子どもは守られるべき存在」だと思っているから、マックスの視点と食い違うのは当然なのだけど。

これでエンディング後にデイビッドが「自分がもっと監視していれば」みたいな反省をするかと思うと、血管が切れそうだ

でも、そうね、ジュヴナイルものには物語上、まともな大人が存在してはいけないのよね。もしまともな大人が存在していたら、子どもたちが活躍して問題を解決するという筋書きに説得力がなくなるもの。「信用できない大人しかいない」「大人に任せていたら事態が悪化することがプレイヤー・読者・視聴者の誰の目にも明らか」という条件下でしか、ジュヴナイルものは存在できない。(……と、切れ散らかすわたしを友が諭してくれた)

 

 

ケイトとの面会

その後、マックスたちはケイトの入院する病院へ。

クロエがこんなふうに謝ってくれたのはすごくよかったな。前夜をマックスと一緒に過ごしたことで、マックスと感情のシェアが進み、マックスのことを気遣えるようになったわけだ。自分の感情が相手に受容されている感覚があれば、クロエはちゃんと相手を気遣うことができるおい聞いてるかデイビッド

ケイトがそう言ってくれてよかった。

エンディング後のマックスはきっとケイトをひとりにすることなく、彼女のそばにいるんじゃないかな。むしろクロエを失ったマックスを、ケイトが慰めてくれる部分もあるかもしれない。エンディング後のマックスにとってクロエは「長年連絡もとっていなかった幼馴染」でしかないが、しかしそれでもその死を嘆くのは傍から見ても不自然ではない。

ふたりが互いに支え合って生きていってくれたらいいなと思う。マックスは誰にも真相を打ち明けられず(クロエにやったように、巻き戻し能力の証明をしようものならまた竜巻が生まれかねないので)孤独を抱えることになるだろうけど、その嘆きと悲しみだけは共有できるはず。

あとケイトの描写で印象に残ったのは、宗教が人を追い詰めることもあるという部分。ケイトの家族は敬虔なクリスチャンで、キリスト教的価値観以外は認めない様子があった。たぶんその環境も、ケイトを追い詰めていた。

学内のあちこちにあった、ケイトの信仰をいじる落書きは本当に胸が痛んだ。あれはひどすぎるでしょ。ああいうのって現代の「あるある」なんだろうか……。

こういうやつ

 

サミュエルのマックス評

サミュエルは、ここのところの異常気象や動物たちが死んでいく現象の原因が「誰か」にあることを知っている。その上で、マックスをこんなふうに評する。ほぼ気づいてんだろ、これ。

最終的なサミュエルの印象は「リスたちの守護動物」だというのは先日書いたとおりだが、なんかちょっとこう、上位存在っぽいよね、サミュエルは。レイチェルがボルテックス・クラブの闇に気づいていたことも知っているし。ならどうして介入しないんだという話なんだけど。上位存在だから人間のすることへの介入はできないんだろうか(急にファンタジーを前提としてしまう)(まあもともとこの話はファンタジーだが)。

このサミュエルの物言いから、マックスに能力を授けたのはアルカディア・ベイそのものかもしれないという気もしている。

長年、町そのものが腐っていたわけでしょ。プレスコット家が町を支配する状態が続いていて、警官もプレスコット家に取り込まれて不正三昧、学校も腐っているし、大人たちはみんな不景気そう。おまけに異常な嗜好を持った殺人犯まで闊歩している。

町そのものが「汚物は消毒だー!!!!」ってしたくなったとしてもおかしくない状態だったんじゃないかなって。だから、本当は逆だった可能性もあるなって。

つまりアルカディア・ベイが町の汚物を全部洗い流すのが本来の運命だった。しかし町は同時に、マックスにその運命を変える力を授けた。町が選んだ人間が町を救うことを選ぶなら、竜巻は取り消してやる。町を救う代償はクロエの命である、みたいな。

この指摘もめちゃくちゃ鋭い。「彼」とはデイビッドのこと。「彼は物は見えても人が見えない」とサミュエルは語る。しかしデイビッドは例外的にマックスのことは見えているとか。その理由が「カメラを通して世界を見る」という共通点だという。

マックスはフードつきのパーカーやイヤホンという「世界との間に壁をつくる」アイテムを身につけている。カメラもまた、「世界との間の壁」のひとつだったわけだ。その意味で、マックスはデイビッドと同じ性質を持っている。

しかしマックスは、クロエやケイトとの交流をする中でファインダーを通さない人間との適切な関係を築き始める。「人が見える」状態になりつつある。飛び降りようとするケイトをみんなが写真や動画におさめようとしている中、カメラを構えずに飛び出したのが象徴的だった。

 

 

シェルターでの発見

バグのせいで大苦戦した納屋を経て、たどり着いたシェルター。一連の事件の犯人がジェファソンだと確信に至ったのは、レイチェルの写真を見たとき。

今まで見てきた数々の写真とは明らかに一線を画す、バチバチに気合の入った構図で描かれている。これを見て、あーこの写真はプロのお仕事ですわ、少なくともプロのお仕事としての描写ですわ、と思った。

今までにもエピソードごとのエピローグでチラ見されていたこのファイル、デイビッドの隠し撮りファイルかとミスリードさせておいて全然別物だったわけだ。

わたし今から Before the Storm でレイチェルのこれを体験するんですかね。何その地獄??(前日譚がどこまでの話なのか知らない)

 

 

ボルテックスクラブ

ちゃんと「渦」が描かれている

絶対に近づきたくないでござる! と思っていたのに、潜入することになってしまったボルテックスクラブ。ここはエピソード3のプールのシーンとの比較で楽しむべきところ。

こいつも幹が腐りすぎ

 

クロエとケイトの服装

マックスは過去改変された世界線から戻ってきて以降、同じ服を着ているが、この服の柄が大きな意味を持つのはエピソード5だと思うのでここでは飛ばす。実際、エピソード4のマックスはパーカーを羽織っていて、シャツの柄はよく見えない。エピソード5で初めてパーカーを脱ぎ、その柄が際立つことになる。

クロエは再度の MEMENTO MORI 柄である。もうクロエと死は切っても切れない関係だ。

柄がちゃんと写ったスクショがこれしかなくてぇ……

しかも拡大してよくよく見たら、この頭蓋骨は額に絆創膏を貼っている。クロエが撃たれる箇所の予言になっていたわけだ。

ケイトのどの言動よりもこのカラフルな花柄のシャツが、我々の思い描く彼女の未来に希望を抱かせてくれる。この花はきっと、ケイトの明るく優しい未来の象徴だ。

 

というわけで、たぶんエピソード4と5は字数的にそれぞれ単独記事になりそうだなと思っていたけどそのとおりになった。

次回「エピソード5:偏光」、乞うご期待!

 

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