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さらに協働を描く物語「ラストマン First Love」感想

最後の一冊を購入できた! 装丁めっちゃ凝ってて素敵

映画版「ラストマン」見てきたー!!!!

ドラマ版「ラストマン」を見て、とにかくどんな形でもいいからこれの続編が見たい一心で感想を書いたのが2024年の9月。それからちょうど1年後くらいだったかな? 映画が作られると知って、さらに新作ドラマも作られると知って、狂喜乱舞した。

(当時の記事)

nazeomoshiroi.com

そこからずっと楽しみにしていて、本日ようやく見に行くことができた。

今作も本当によかった!

客席からは終始クスクス笑い声がしていて、すごくいい雰囲気だった。

ドラマ版を見ていなくても全然大丈夫なように作られていたので、予習ゼロでいきなり行くのももちろんOK! でも映画開始1分でドラマ版の爆速ネタバレが挿入されるので、できればドラマ版を全部見て、あのオチに驚愕してから映画を見に行ってほしいというのがわたしの本音。

まずはネタバレなしで感想を書こう。

ネタバレ前に警告を入れるので、未視聴の方はそこで引き返してください。

 

アクション映画であることの意義

思ったのよりずっと「アクション映画」だった。そしてこれが「アクション映画」であったことにこそ、社会的意義があった

あのアクションのひとつひとつに、視覚障害者やその支援者たちの協力がどれほどあっただろうかと想像する。どの所作も「一般的なアクション映画のアクション」とは全然違った。顔の動かし方も、指先の動かし方も、足運びも。カメラワークもものすごく工夫されていたと思う。すべてのアクションを、専門家や所作指導の方と協力して作っていたに違いない(パンフレットでそのへんのことがちょっと言及されていた)。

全盲の捜査官が、周囲の助けを借りながらこんな活躍をする。視覚に頼れない人には、何ができて何ができないのか。何が得意で何が不得意なのか。どんな助けがあれば力を発揮できるのか。一瞬のアクションが、どんな解説書よりも雄弁にそれを説明してくれた。

アクションシーンにこそメッセージがこめられている。アクション映画だからこそ意味がある。そんな映画は珍しい。

わたしが知る範囲で全盲のキャラが出るアクション映画といえば、「ジョン・ウィック:コンセクエンス」に登場するケインとか、「ローグ・ワン」に登場するチアルートとかなのだが(どっちもドニー・イェンが演じている)、あれはもうバッチバチのアクション俳優による超人的アクションなので、もちろん「見えない演技」もすごかったんだけど、ひとりでなんでもできちゃうキャラだった(それはそうとドニー・イェン全盲アクションはすごいので、まだ見てない人がいたら見てくれ)。

「ラストマン」はやっぱり「協働」を描くからこそ価値がある。皆実さんは、ひとりでなんでもできちゃうほどのスーパーマンではない。たくさんの人の力を借りて、ひとりではできないことをなしとげるスーパーマンだ。

そしてドラマ版のときからずっとそうだったけど、皆実さんと護道さんは単なる「助けられる人」と「助ける人」の関係ではない。ふたりは「助け合う」対等な関係であり、それぞれ違う役割を担って活躍するバディだ。

同じ目標に向かって、複数の人が複数の役割を担って協力関係を結ぶのが「協働」だ。現代の医療や福祉の場面では、どこでもそれを目指している。でもなかなかこの概念は浸透しにくい。「助けてあげる人」「助けてもらう人」みたいな意識がなかなか抜けない人もいる。

しかしどんな講義よりも、このドラマ、そして映画は「協働」の説明が上手い。「協働」概念の体現と言ってもいい。なおかつ、エンターテイメント作品としても完成している。だからこそ多くの人に届く。現代におけるエンタメの役割ってこれだよね、の体現でもある。

これから医療や福祉、それから科学技術を専門にしようとしている若い人にとっては、もしかしたら進路や考え方に影響を与える作品になるかもしれないな、と思ったりもした。今そういう業界にいる人たちにも勇気をもらえる作品だったと思うけど、これからを担う人たちにも届くといいなあ。

 

では以下、ちょっと映画の中身に触れながらの感想になるので、未視聴の方はここでお帰りください!(核心部分のネタバレはなし)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もうみんな帰った?)

 

 

 

 

 

見えないけど見えるもの

映画の予算規模だからこそ叶った描写だったのかなあと思ったのは、皆実さんがナギサと一緒にきれいな景色を見るシーン。

「見えないけど見える」のがどういうことか、わたしにもちょっと伝わった。「見る」ことができなくても、熱源の感覚、空気の密度や動き方、匂い、周囲の音の響き方などから「景色」を感じることができるんだ。その景色が「美しい」ということも共有できるんだ。

わたしには想像することしかできないけど、きっとそういう感覚があるのだろう。「そういう感覚がある」ということが知れただけでもすごく勉強になったし、心が動かされた。

それはきっと、障害があったとしても「美しさ」は共有できるということなのだ。同じものを見ることはできなくても、同じことを感じて心を通わせ合うことはできる。「同じ人間なんだよ」という、当たり前だけど力強いメッセージを感じた。

ドラマ版でも、皆実さんがテレビドラマや料理を楽しんだりするシーンはあったけど、景色の美しさに「見入る」シーンはなかった(と思う)。テレビドラマや料理を楽しむシーンにもひとつひとつ「なるほど!」と思ったものだが、景色の美しさは映画の大画面でわたしたちに「共有」してもらうことで、一段と説得力があった気がする。映画館にいたわたしにも、あの場の温もりとか空気の優しさとかを感じたもの。

 

視覚障害者による走り幅跳びを知った

映画から帰った後、福山雅治大泉洋による舞台挨拶動画を見た。

youtu.be

ここで語られている、船に向かって皆実さんがジャンプするシーン。「いくらなんでも無茶させすぎじゃね? まあ皆実さんならやるか……」と思いながら見たのだが、あれは現実に可能なことっていうか、そういう練習を日々やっている人がいたことだったんだな!

パラリンピックというものがあることは知っていたけど、視覚障害者による走り幅跳び競技があったということまでは知らなかった! すげー!!!

www.youtube.com
わたしも福山さんが見たという動画を探しちゃったよ! これがいちばんわかりやすかったけど、これ以外にもたくさん出てきた。コーラーも責任重大だ。皆実さんみたいに手を叩いている人もいる。競技中はみんな耳頼りだから、めっちゃ静かにやらないといけないというのも新鮮。

なるほど。日々訓練していれば、目が見えなくてもこれくらい全力疾走できるし、音を頼りに跳ぶのは全然アリだったんだ。あの状況だとまさに目標地点(船)から大きな音が出ているわけだし、足元の踏切地点さえわかれば、目標との距離感や方向は掴めたはず。そういう描写だったんだな。はえーわたしの見識が狭かった! 勉強になる!

 

「兄貴」呼びで昇天する

いやもう、予告編で散々擦られていた部分ではあったのだけど、護道さんが皆実さんのことを「兄貴」と呼んだシーンでわたしは昇天した。この記事はあの世から執筆している

ありがとう……わたしは満足した……サラサラサラ……(砂になる音)

あっでも次は長崎編を作らないといけないよね!?(生き返る絵文字)

あの一言で護道さんが皆実さんを「兄として」慕い、尊敬し、信頼していることが伝わってきて(でも本人のいる前では言わないんだよなあ!)、ああわたしが見たかったのはこれだったんだと思った。

ていうかこの台詞さあ! 「暗闇なら世界一つえぇんだよ、俺の兄貴は!」ってやつ! ほんとそれな!

今作は本当にいろいろ手段を使って、「その場の全員の視覚が奪われた状態」を作ってくれた。その逆転現象よ。わたしは「ダイアログインザダーク(今作でもスタッフロールに出てた!)」にまだ行ったことがないが(いつかわたしも行ってみたい!)、まさにそこでできる体験に近いことを映画でやっていたのではないか。

「その場の全員の視覚が奪われた状態」では、普段から目を使っていない人が最強だ。視覚に頼って生きている人は何もできない。映画の視聴者は爽快感を抱いてそのシーンを見るが、ふと自分を振り返れば、自分自身も少しの環境差で立場が変わることがわかる。

あのスタングレネード(?)の閃光の中から皆実さんが現れるシーンとかもかっこよかったなあ。白杖がカツンカツンいう音もものすごくかっこよくて効果的だった。

lastman-did.studio.site
今公式ページを見に行ったら、ダイアログインザダークとまたコラボイベントするんだ!? いいなああああ! 地方在住だとなかなかこういう体験型イベントへの参加が難しい。

 

最後に

ここからちょっと個人的なお礼を。

身バレ防止のためにだいぶぼかして書くのだが、ドラマ版「ラストマン」を見た後に、若き日の皆実さんみたいな方と話をする機会があった。

その際、ドラマから得た知識や感覚がすごく参考になった。具体的な内容はここには書けないが、わたしにとっても未来に希望を抱けるような出来事だった。

もし作品にかかわった方がこれを読んでくれていたら、心からのお礼を伝えたい。

エンターテイメントには、社会を変えるきっかけを作る力がある。改めてそう思わせてくれてありがとう。

 

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