
面白い映画を見た!
シュタインズゲートかと思ったら風花雪月だったのか……? と思ってたらやっぱりシュタゲだった(※まったくシュタゲではない)というのが全体の感想である。
ああでも主人公が物語冒頭からだいぶ様子がおかしくて、そういう主人公だからこそこの物語が生まれ、この結末に至ったのだという意味ではシュタゲかもしれない。
アルプスの景色を堪能できるという意味でも良い映画だったが、あんないいところでロケするなら全員ドイツ語で会話してくれやという「サウンドオブミュージック」以来のつっこみは一応しておきたい。
予告編貼っとくね。
ここから先はネタバレ感想。
映画を見た後にお読みください!
ループしているか問題
まずはこの話題から。映画を見た人の中でも意見が分かれそうな部分。
冒頭の連続シーンにおいて、バーバラは明らかに違う場所、違う状況で死にかけていた。この冒頭と予告編の最後(「三つの選択とは!?」というナレーション)を見れば、この映画は三つの選択肢を全部見せるストーリーだということがわかる。
となると、その三つの選択肢を体験する主人公は、三つのルート全部の記憶を持ってループするのか、それとも主人公は他のルートで起こることを知らないまま(すべてのルートを知っているのは視聴者だけ)なのかという疑問が沸いてくる。
主人公が全ルートの記憶を記憶を保持したまま(=リーディングシュタイナー)ハッピーエンドルートを模索するのがシュタゲタイプ、主人公は各ルートの記憶を持たず、それぞれ独立したルートをプレイヤーが順番に見ていくのが風花雪月タイプの物語である(ゲーマー並感)(シュタゲと風花雪月がわからない方は、適当に過去に見た周回前提のタイトルを当てはめてください)。
ではバーバラはどっちタイプなのか。
1周目(完全犯罪ルート)が不幸な結末に終わったので、というか冒頭で3通りの死に方が提示されたので、シュタゲタイプのストーリーなのかと思った。
が、2周目(通報ルート)を見ていると、バーバラが1周目の記憶を活用していることは明示されない。記憶がないとも明示されない。かなり微妙である。ただ、ジョシュから話を聞く前に自分たちがジョシュの父親から狙われることになるのは理解していたようにも見えた。また1周目のバーバラはヘルメットおじさんに対して状況の説明を求めたが、2周目以降はその様子がない。
3周目も微妙だったが、ジョシュの父親の顔を最初から知っていたようにも見えた。
正直、1~3周目のバーバラは、各ルートの記憶があるのかどうか、どっちともとれる描写だったように思う。アドベンチャーゲームでも、周回途中はプレイヤーがどのルートから始めても大丈夫なように、主人公が別ルートの記憶に言及しないことってよくあるじゃん。まさにああいう感触だった。
しかし4周目のバーバラには、それまでの3周分の記憶があったように見えた。特に3周目の記憶があったからこそ、4周目のあの選択ができたのではないか。
母親の呪い
1周目冒頭から、バーバラはだいぶやべーやつだった。
家の中にも店の中にも、母親の刺繍が大量に飾ってある。しかもその刺繍は、母の声で語りかけてくる。バーバラは、母親の声がなければ何事にも取り掛かれない。天井に張り巡らされた大量の糸は、蜘蛛の糸のアナロジーである。バーバラは亡き母親に囚われている。
母親の死因は語られない。そこに何らかの秘密があることが、序盤から示唆される。で、終盤になって、母親は自殺したのだということが判明する。「私に何があっても店を守って」と言い残して自殺したということになる。それはさぞかし強力な呪いになっただろう。
(ちなみに一緒に見に行った友は、「母親はピタゴラ自殺したのかも」と言っていた。めちゃくちゃありそうな話だ。その経験が1周目のバーバラにあのようなピタゴラ殺人の発想をもたらしたのかもしれない)
しかし3周目の最後に、母親の呪いは解ける。
裁縫箱が壊れて喋らなくなり、店も家も爆発炎上して、母親の「作品」と母親が守ろうとした店がすべて焼失したことと、それを見て初めて「本当はこうなることを望んでいたのだ」あるいは「こうなったおかげでようやく自分が救われた」と自覚できたことから、バーバラは炎を見上げて笑った。
どうしても無理なら店の存続をあきらめたっていいじゃないの。店のために危険を冒して大金を得ようとしなくたっていいじゃないの。母親が侮辱されてもそれはそれじゃないの。自分と母親を比較されたとしても、自分は自分じゃないの。
4周目のバーバラは、もちろんそこまで明確に言語化はできていなかっただろうけど、そういう心境になれたんじゃないかな。だからあのボタンを拾うことができた。わたしはそういうふうに解釈している。
そういうわけなので、わたしはあのエンディング後、バーバラはそれなりにまとまった金を手にしたが、結局店は畳んで家も引き払って、新しい道を模索するのではないかと思っている。そもそも4周目のバーバラの車が進んだのは「家に帰らない方の道」だしね。
さらに言えば、本人は裁縫を好きでやってるわけではないみたいだった。才能はすごいけど。まったく別の道を進むか、裁縫の才を活かすとしてももっと客を集められそうな場所で客が集まりそうな商売を選ぶのではないか。それこそ映画の衣装スタッフになるとか。
仮にケースの中の金が全部バーバラのものになっていたとしても、あの店に持続可能性はなさそうなんだよな。ちょっと寿命をのばすことになるだけで。
まあ呪いは解けたわけだけど、バーバラのヤバさって、母親の呪いだけじゃないんだよな。
あんな事件現場に居合わせて、一瞬で「完全犯罪」のデザインをして実行までしてしまう発想力と度胸と実行力と技術の高さが人外レベルなんだよ。吹き矢もうますぎるし。あの家の様子を見れば、糸を張り巡らせた物理トリックは日常的に行っていたと推測できるが、吹き矢も日常的に練習していたとしか思えない。糸を天井にめぐらせるときに吹き矢も活用していたのかもしれない。
ヘルメットおじさんを家に連れて帰った理由がわからなすぎて怖かったのだけど(おじさんも怖かったに違いない)、全部見終えたあとに落ち着いて考えてみた。
おじさんから状況を聴き取りするためというのがひとつ。でもそれはついでにすぎない。
もともとバーバラは、銃撃で生存していたヘルメットおじさんに銃を向けて、とどめをさそうとしていた。目撃者が生存しているのはまずいので。でも自分で引き金を引くことはできなかった。だから自宅に連れ帰って、ピタゴラ殺人しようとした。たぶんそういうことなのでは。しかもピタゴラ殺人の引き金を引くのも自分ではなく、ジョシュの父親にやらせている。
あの状況で一瞬でピタゴラ殺人を選択するその思考の瞬発力、やはり母親がピタゴラ自殺したのではないかと思わせる(母親も自分で引き金にあたるものを引くことができなくて、何も知らないバーバラにやらせたんじゃないかな、という最悪の想像)。
バーバラとジョシュの対称性
作品内で、バーバラとジョシュは明らかに対になる存在として描かれていた。どちらも親からの強い呪縛に囚われており、そこから脱することができずにいる。ジョシュの方がそのことに自覚的で、父親から逃げようと行動に移していた。バーバラとジョシュは基本的には利害が対立するが、そういう意味では対等な立場ではあった。
しかしこの話、バーバラとジョシュが同時に生存するルートがない。少なくとも4周目までには存在しない。
1周目はバーバラ、ジョシュともに死亡。2周目と3周目はバーバラが死亡、そして4周目はおそらくあのあとジョシュが死亡する。
3周目で、バーバラは自分とジョシュが同種の問題を抱えていることに気づいたはずだ。バーバラとジョシュが協力して父親を倒す場面を見て、ふたりで生きていくルートもあるのではないかと想像した人も多かったのではないか。
でもそれは実現しなかった。レストランを出たバーバラはまだ母親からの呪縛に囚われていて、あの大金を使って店を建て直すことをあきらめられていなかったから。
そして店をあきらめられた4周目では、ジョシュは切り捨てられる。「まだ知り合ってもいない人」なのだから、それでいいといえばいいのかもしれない。あそこでバーバラがジョシュを助けようとしても、結局父親に返り討ちにされるだろうし。バーバラが救えるのは自分だけなのだ。
この点がシュタゲとは違うところ。あれは全員を救うルートを模索するストーリーだが、バーバラは自分さえ救えればそれでよしとする人だ。でもまあ、これは「ヒーロー」を描く物語ではないし。3周目であれだけのことがあっても、バーバラはジョシュを「命懸けで救いたい」と思えるほどの相手とは見なさなかったということだ。そのへんが岡部とバーバラの違いか。
やっぱり1周目の最初からバーバラの倫理観は基本的にぶっ壊れてて、その部分は結局なおってないとも言える。法に触れるような行為として発露しないのなら、なおす必要もないとも言える(「見殺しにする」はセーフ理論)。
「ゲームと現実とは違うのだよ」と言われている気もする。周回前提のゲームだと、すべてのループを見た後にハッピーエンドが用意されていたりすることも少なくないのだけど、「現実的なハッピーエンドはこの程度だろ?」と言われたみたいな。
ゲーマーとしてのわたしは「全員救ってほしかったなあ」と思ったりもするが、そんな選択はバーバラのキャラ崩壊だよなとも思う。最初からぶっ壊れ倫理観のバーバラだからこそ、こういう結末しかありえなかったということで納得しよう。
ジョシュは……ジョシュ視点では、3周目が「正史」になっていてくれたらいいな。もうそういうことにして、あの世界線で強く生きてくれ。
基本的に殺されてしまうヘルメットおじさんはあまりにも気の毒だが、あの野郎は2周目でひとりで逃げようとしたクソ野郎なので、まあええか(それを言うならバーバラも3周目で金を持ってひとりで逃げようとしていたが)。でも2周目のヘルメットおじさんも、結局爆弾で吹き飛んだんだろうな。
舞台装置としての父親
1周目にはあんなに恐ろしく見えた父親だが、2周目以降はギャグ要員として活躍してくれる。あれだけ繰り返されると面白くなっちゃうのよね。恐怖の相対化が起こってしまう。
「人間は所詮、特定の刺激をインプットされたら特定の行為をアウトプットする、100行程度の単純なコードに過ぎない」(ウェストワールド並感)こともコミカルに示してくれている。わたしもこのブログで、「こういう刺激を受けたときはこういうふうに解釈をアウトプットする」という単純なコードを実行している。
あの父親は「いわゆるギャングのボス像」「いわゆる息子に強権的な父親像」のイデアみたいなもので、人格とか個性とかが存在しない。作中の役割は、ループを生むための完全な舞台装置である。主人公に用意されたイニシエーション的な「父殺し」のメタファーのための(ジョシュにとってはメタファーではないが)舞台装置でもある。ただの舞台装置であるがゆえに、父親には名前(=個としての性質を認めるために与えられる記号)すらない。ただの自然数N的な存在だ。
そういう意味では、バーバラの母親にも名前がない。娘に呪いを与え、乗り越えられるためだけに存在している舞台装置だ。
あのレストランでシュニッツェルを食べるシーンはシュールで面白かったな。店員も周囲の客も全員が「なんかおかしいだろ」と思いながら、なんとなくそのまま進行するあの感じ。
金の入ったケースに爆弾を仕込んだのは、この父親ってことでいいよね。
最初から取引相手を消すつもりで、なおかつもし息子が裏切った場合は息子を消すつもりだったっていう。外道すぎる。
糸の色
最後に、友が面白いことを言っていたので書いておく。
作中にはたくさんの糸が出てくるが、基本的にタイトルで使われている赤、黄、青の三色の糸しか使われていない。そしてこの三色にはおそらく役割があるのではないか。加害目的の糸は赤で、自分が救われるために使う糸は青のような使い分けをしているのではないかと、友は仮説を立てていた。
たしかに!
1周目でヘルメットおじさんにとどめをさすためのピタゴラスイッチは赤い糸だったし、ジョシュの父親に発砲するためのピタゴラスイッチは赤と青の二色を使っていた。黄色い糸も出てきたのは覚えているけど、どの場面だったか思い出せない。
そしてウェディングドレスを縫うのだけは白い糸だ。
配信で見られるようになったら、もっと詳しく確認したいところ。
そんな感じで、本日のところは以上。史上初裁縫アクションとかいう文句が気になって見に行くことにしたけど、とても面白かったな!
でも「世界一不運なお針子」は違うんじゃない? という気もしている。バーバラは不運要素もたしかにあったけど(あの事件現場に最初に出会ってしまったことと、子どもは親を選べないという意味では「不運」である)、8割くらいは自業自得じゃねーか、とも思った。まあ「割と不運なお針子が自業自得でひどい目にあう話」というタイトルじゃ見に行かないもんな。よしとしよう。
