先日買ったディズニー版「塔の上のラプンツェル」のアートブック(The Art of 塔の上のラプンツェル)が素晴らしかったので、それについて書き残しておきたい。
結論から言うと、映画ファンはもちろん、絵やデザインを学んでいる人、携わっている人みんなにおすすめできる一冊だった。
映画本編と本書の内容が全面的にネタバレされているため注意。
「ラプンツェル」について
ディズニーが「ラプンツェル」を映画にしたと聞いて、あの話をどうやってディズニー映画にするんだ? と不思議に思った。
しかし試しに見てみたところ、ディズニー映画の中でも特段に気に入る作品だった。バッドエンドをハッピーエンドにするどころではない魔改造ぶり、そもそもジャンルがアクションラブコメになっていた。プリンセス映画だと思ったらアクション映画だったぜ!
わたしのいちばんのお気に入りシーンは、ラプンツェルが王都の地面に国の紋章を描くシーン。限られたキャンパスしか持たなかった彼女が初めてのびのびと描いたのが、自分のルーツとなる紋章だったのも象徴的。あの音楽も相まって泣ける。
エンディングのコミカルな絵柄も好きだ。
設定画
本書を買おうか迷っている人のために、映画を見た人にとって気になるであろう内容を一部紹介してみる。
まず、設定画は非常に充実している。
ラプンツェルが塔の中に描いた壁画は見開きでじっくり見ることができるし、塔の外観はイメージが固まる前の図案スケッチから完成図までばっちり見ることができる。内装や家具、小物のイラストも豊富。
ラプンツェル、マザー・ゴーテル、ユージーンは、キャラクターが作られていく途中の絵もたくさん載っている。特にユージーンは完成図とはまったく雰囲気の違うイラストもあって面白い。アラブ風盗賊のデザインもかっこいいじゃないの。また今でこそラプンツェル=紫のドレスというのはグッズなどでもおなじみだが、初期のキャラ設定では緑やピンクのドレスを着ているのが面白い。
王都の設定画はどれも美しい。あの都はモン・サン・ミシェルがモデルらしい。言われてみると確かに似ている。
「かわいいアヒルの子」のトイレドア設定画は笑った。うん、女性が来るところじゃないね。
ストーリーボード(絵コンテというのか?)もいろいろ載っている。わたしのお気に入りは、ラプンツェルが塔を下り、初めて地面を踏み、洞窟を抜けて森に出る一連のシーン。彼女の表情から嬉しくてたまらない様子が伝わってきて、こっちも笑顔になれる。
注目したい点
設定画だけでもずっと眺めていられる本なのだが、非常に面白いのは「説得力のあるファンタジーを作る――リアルなファンタジーの作り方」という章。
ここでは、ディズニー映画がどのように「世界」を作り、見せているかについてかなり具体的に語られている。「ラプンツェル」は特に「シンデレラ」と「ピノキオ」のデザインを参考にしていたらしい。
「形態言語 shape language」という言葉が頻出する。この本によれば、これは映画に統一感をもたせるための「形」や「画面構図」の特徴のことらしい。「シンデレラ」から「ラプンツェル」に取り入れられた形態言語は、一言で表すと「曲線」ということになる。「多すぎない」「滑らか」「目立たない」「親密」「優雅」などのキーワードで曲線的デザインが説明されている。
「ピノキオ」で用いられた形態言語は、直線や直角、平行線や対称性を回避するデザインらしい。自然界には直線も直角もないのだから、これらを避けることによってより自然な世界を描けるということだろう。さらに画面に動きが出ていきいきしてくるとも書かれている。
文字だけで読んでもさっぱりわからないと思うのだが、本書は「シンデレラ」「ピノキオ」「眠れる森の美女」「わんわん物語」などの設定画を多数引用しながら、形態言語について非常にわかりやすく説明してくれている。特にデザインの勉強をしている方には一見の価値ありだと思われる。
ここでは主に画面全体の構図の作り方と、建物や内装のデザインについて説明されているが、この説明をふまえてキャラクターデザインを見直すと、こちらにもその考え方が活かされていることがわかってくる。
形態言語についての説明のあと、今度は2次元のイメージを3次元のCGにするにあたり、スタッフ総出でディズニーランド(もちろんアメリカの)に出かけたエピソードが、写真つきで載っていた。
彼らはファンタジーランドで「ビビッと感じるもの」の写真をたくさん撮ったらしい。そのときの写真も掲載されているのだが、確かに完璧な直線や平行線、対称性が避けられているのがわかる。
本書を読むまで「形態言語」という概念についてほとんど知らなかった(ほかのアートブックなどでそれっぽいことを読んだことはあるのだが、「形態言語」という言葉を与えられたことでその概念が集約されたというか)わたしは、今後、ディズニー映画、ファンタジー映画はもちろん、ありとあらゆる分野の映像作品を鑑賞するにあたり、「形態言語」という概念をものすごく意識しそうだ。そして、そういう見方ができるようになると、映像作品というものを間違いなくもっと楽しんで見られるようになるはずだ。
背景の中に、あるいは構図自体の中に曲線や非対称性を見つける楽しみ、それが画面にどんな効果を与えているかを考える楽しみなど、発想が爆発的に広がっていく。新しい概念を獲得するというのはこういうことだ。
一つ不満点をあげるとすれば、翻訳がひどい点だ。原文はこうだったんだろうなあというところまで透けて見えそうなびっくり直訳。ディズニーさん、しっかり監修してください。おかげで文章に目をやるたびに眉間に皺が寄る勢いだったが、絵を眺めるだけでも十分に楽しめるアートブックなので、映画がお好きな方はぜひ手に取ってみてほしい。